(エピソード)嵐の中で開催された会社説明会で内定をもらったHさんの場合

9月下旬の帰省・・・まだ内定がもらえていないわたし

わたしは久しぶりに地元に帰ってきて、家の軒先で夕涼みをしていた。夏休みに郷里帰省できなかったわたしは9月下旬になってやっと実家に帰ってくつろいでいる。

煌々と月が照る明るい夜空。土の香りと鈴虫の羽音に癒されながら風流に浸っている、そんな場合ではない!!

わたしは大学4年生の10月になろうとしているのにまだ就職が決まっていなかった。そんな奴がこの時期に郷里帰省など現実逃避以外の何物でもなかった。。。

大学3年の3月に就職活動が解禁になって、わたしはすぐに金融関連の会社説明会に片っ端から参加した。銀行はもちろん、証券会社、生命保険会社にも積極的に足を運んだ。エントリーシートも自己PR文もしっかり時間をかけて伝えたいことは全て書き込んだ。書類を見ればわたしがいかに熱意のある学生かわかるはずだ。

 しかし現実はどういうわけか、私よりもずっと簡単な応募書類で面接に進み、私よりも少ない努力で希望の内定を獲得する学生が周囲にたくさんいた。

わたしにとってこれらはかなりショックなことだった。努力において人よりも足りないということは絶対にないはずだ。なのに何故??

あの頃、わたしの人相は悪くなっていたように思う。思い通りにいかないと人は眉間に皺がよる。口数が減り、目つきも鋭くなる。人からの善意のアドバイスも素直に聞き入れられず、視野も狭くなって孤独になる。

そんな者が人から一緒に働きたいと思われるわけがない。しかしこんな時、人は自分を疑うような余裕が無いのだ。私は疲れていたのかもしれない。

叔母にエントリーシートを見てもらったら見事に玉砕!

実家に帰省していた私は親戚のおばちゃんと団子を食べていた。おばちゃんは長年、地元のスーパーで人事・総務を担っている。昔から気さくで私を可愛がってくれるおばちゃんに気が緩んだのか、わたしはつい愚痴ってしまった。

「そりゃ、実らない努力もあるだろうさ。けど無駄になる努力は無いと思うよ。今はまだ求めた結果に結びついていないだけ。その代り努力したことは経験となって、この後、別の何かに必ず活かされるはずだから」

そんなわたしにおばちゃんはこう言って励ましてくれた。

「まだ可能性を決めつけるのは早いよ。エントリーシート見せてごらん。何かあるかもしれないし。一緒に考えてみよ」

といつものように優しく微笑みかけてくれた。

「おばちゃん、昔、よく勉強教えてくれた時みたい」

わたしは泣きそうになりながら久しぶりに笑った気がした。

私は部屋に戻ってエントリーシートを印刷しておばちゃんに渡した。エントリーシートを手にしたおばちゃんは一目見て、

「書類がうるさく見える。一生懸命書いたというのはわかるけど、読み手のことを全然考えていない。『これだけたくさん書いたのだから』という自己満足になっているね。自分をよく知ってもらいたいはずの書類なのに、内容を読む前から視覚的に悪い印象を与えてしまっているわ。これでは読む気にはならないわね」

そう言って投げるように書類をテーブルの上に手放した。

いつもは優しいはずのおばちゃんだが、昔から人を指導する際はズバズバと厳しいことを指摘する性格だった。今のわたしにこれはキツイ。また泣きそうになった。。。(哀)

「とは言っても実際のところ、応募書類が合否の決定打になることはないけどね」

叔母はあっけらかんと言った。

「ないんかい!」

とツッコミを入れた私は少々脱力しながら訊いた。

「じゃあ、何が大事なの?」

「それは相手に好かれること」

叔母は団子を食べながら何気なく言った。

「え?そんな不確かなものが大事なことなの??」

さっきあれだけキツイこと言ったくせに、詰まるところ、こんな曖昧な答えとはいささか拍子抜けした。そして少しの疑心暗鬼と多くのムカつきを感じた。

(エントリーシート見せた意味ないじゃないの!)

そんなわたしの気持ちを無視しておばちゃんは団子に手を伸ばしながら言った。

「面接では相手に好かれて来な」

本当によく食べる人だ。

「おばちゃんの言うこと、イマイチ不安が残るわぁ」

「ヒヨッコが何を根拠に長く生きてる人の言葉を疑うんかい?」

そう言って叔母は私の頭をはたいた。

嵐の中の会社説明会で意外な展開

心のモヤモヤが晴れないまま、会社説明会の日を迎えた。今日の説明会開催企業は金融関連ではないが、地元ではそこそこ有名な紙の卸売業の会社である。意外にも秋に募集があるとは思わなかった。きっと内定辞退が出たのであろう。金融以外について知らなかった私は何の備えもなくダメ元で参加してみた

この日は台風のせいで今まで経験したことがないほどの悪天候だった。こういうのってこの先を暗示しているように思えてテンションはダダ下がりである。

もちろん電車に乗る前から暴風雨。当然、会場に着いたらズブ濡れである。わたしはタオルと着替えをリュックに入れて持参していたため、トイレで着替えをして身だしなみを整えた。そして時間前に部屋に入室して開始を待っていた。

しかし、開始3分前なのに誰も来ない。「会場を間違えたか?」と思うほどであった。しかし部屋の扉の前には会場の看板が置いてあるから間違いはない。

どうやら悪天候のため学生が一人も参加していないようである。確かに説明会の日は複数ある。別の日に変更すれば済むことであり、何もこんな日を選んで来ることはない。わたしはつくづく自分の要領の悪さに自己嫌悪を感じた。

その時である。勢いよくドアを開けて初老の紳士と中年の女性と若い女性の3人が入室してきた。人の少ない部屋に3人分の靴音は妙に響く。

初老の紳士が真ん中に座り、女性は両脇に座った。中年の方の女性が優しい声で、

「こんな天候の悪い日に来ていただいてありがとうございます。暖かいものを用意していますので遠慮せずに飲んでくださいね」と言った。

その言葉の後に若い方の女性がコップを並べてポットから紅茶を注いだ。

「コーヒーは好き嫌いがあるから紅茶を出すようにしているんです」と初老の紳士が優しく微笑んでいった。そして「どうぞ」と手で促してくれた。

少し体が冷えていたのでこの気遣いはありがたかった。

「いただきます」

と言ってわたしは一口頂いた。

 ホッと一息ついたその時に先程の中年の女性から目の前の紳士が社長であること、自分が人事部長であること、そして若い女性が今年入社した新人であると紹介された。

会社説明会に社長登場って、予期せぬ展開に冷たかった身体が余計に引き締まった。

社長は採用について自分の希望と主義を話し出した。そしてそれらはいたってシンプルであった。希望とは求める人材のことで、「一生懸命な人が欲しい」である。そして主義は「一生懸命な人材が欲しいなら自分も一生懸命にならないといけない」であった。そのため会社説明会から社長自身が来るのだそうだ。

そしてさらにこの時期に採用することにした真意を話し出した。

「弊社の今年の採用枠は5名と考えていました。上期の募集枠は3名。それはすでに決まっています。残り2名は下期の募集で決めようと思っていました。決して内定辞退があったわけではありません」

わたしは心の中を見透かされた感じがして首をすくめた。

「今日みたいな日は一生懸命かどうかがわかりやすいです」と笑いながら言った。

そして隣の部長に小さくうなずいた。部長はその仕草を見て「心得ました」といった様子でうなずき返し、それからわたしの方を見て言った。

「あなたさえ良ければこのまま面接に移行したいと思いますがいかがですか?」

「え?」わたしは目を丸くした。

「このような悪天候にも関わらず来てくださった熱意ある方に対して、説明会だけでお返しするのは弊社としては本意ではありませんので」と部長は優しく言った。

「ぜひよろしくお願いいたします!」と私は勢いよく頭を下げた。

こうしてそのまま面接へ移行した。

そこからは面接らしく部長が企業の歴史と事業の説明、採用職種と業務の内容等を話してくれた。

その後、一緒にいた入社半年の新人社員の女性から、1年前の自分の就活のリアルな話をされた。なぜこの会社に入社を決めたのか、を話してくれたのだ。

そして質疑応答になった。自分でも何を訊いたかよく覚えていないのだが、終始たどたどしい口調で話していたことは記憶している。

また、秋雨で濡れてしまった身体は着替えてもまだ冷えており、紅茶を飲んでも寒くて気取る余裕がない。これでは口調といい、コミュニケーション能力を疑われて、完全にNGだと思った。

ちなみに企業側からは意外にも最後まで志望動機を聞かれることがなかった。そして最後に社長から不思議な一言を頂いた。それは「巡り合わせに感謝している」というものだった。

この言葉が合言葉なのかはわからないが、部長がその場で内定の言質をくれた。

「いいのですか?」わたしは再び目を丸くして訊いた。

この問いには社長が答えた。

「本日、日程変更した人が後日どんなに良い言葉を並べても、今日来てくれたあなたに勝るとは思えないですから」

「一種の『論より証拠』ですかね?」と部長も異議なしと笑っている。

(こんなことってあるのかしら??)わたしはキツネにつままれたような気になった。

ふと、新人女性の顔を見た時、彼女も微笑みながら私の顔を見ていた。その笑顔はさながら、「夢じゃないですよ」と語りかけているように見えた。

「こちらこそ巡り合わせに感謝します。どうかよろしくお願いいたします!」

と言って、また勢いよく頭を下げた。

大事なのは言葉よりも示した行動!

そしてその場で内定承諾書にサインして、社用車で自宅まで送迎してもらった。

わたしは呆けて帰宅した。まだ信じられない気分だったのだ。とその時、おばちゃんから携帯に電話があった。

「どうだった?」

 おばちゃんの明るい声に安心と同時に涙が出た。ここまで長かっただけに、この一粒の涙には言葉にできない多くの想いがある。

わたしはは思考がまとまらないまま、思わず叫んでいた。

「おばちゃんの言ったとおりだった。好きになってもらえて、その場で内定貰ったよ!今は私、不確かなものを信じられるようになった!!」

そして今日のことを順を追って一生懸命伝えた。

「自分の要領の悪さに自己嫌悪を感じたって言ってたけどね、存外そういう不器用さが人の心を動かすもんなのよ」電話の向こうでおばちゃんの笑っている顔が目に浮かぶ。

「わたしはもうちょっと器用に生きたいけどなぁ」

ふと鏡に映る自分を見た時、我ながら良い表情をしていることに気がついた。安堵と満足を得ると人は優しい顔をするようである。

大事なのは言葉よりも示した行動!

キャリアコンサルタントより

本エピソードの学生が言う通り、人の心を打つことは示した行動や態度なのでしょう。

たとえ要領が悪く不器用だったとしても、必死に努力している方が多くの応援者や支持者、協力者を得ることは珍しくありません。

キャリアコンサルタントとして相談業務に従事していると、似たケースをよく見聞きします。例えば、面接でうまく受け答えができなかったのに内定を獲得したケースなどはその典型例と言えるでしょう。

そんな時、筆者が常々思うのは、『熱意は雄弁に勝る』ということです。

ここではこれ以上、語る必要はないと思うので、このくらいにしておきます。



【執筆者】
キャリアコンサルタント(国家資格)
(2級キャリアコンサルティング技能士)
久保 知博

<運営会社>

ソーニョプランニング株式会社